「助けてください!」
ある日の午後、下校時刻が過ぎた頃、子どもたちが私を訪ねてきた。
話を聞くと、前日に脱走して行方不明だった《クラスで飼育して いる亀》が発見されたのだが、それがよりにもよって女子トイレの 和式便器の中だというのだ。
「へ?先生に言って拾って貰えばいいんじゃないの?」
そう、私は答えた。
子どもたちは、それがダメなんですと言うばかり。
トイレに着くと、他の子どもたち数人もトイレの外で群がり、先生も途方にくれていた。
それは結構深刻な状況だった。
亀は和式便器の四角い排水口にピッタリと収まっていた。

あまりに大きさがピッタリすぎて身動きできない状態になっているのだ。もう少し大きければ落ちても斜めになってハマらなかっただろうし、もう少し小さければ手を入れて救い出せもしただろう。
全く同じサイズで上からスポッとハマったせいで手の入る隙間もなければ、つかむこともできない。
私は状況を理解し、とりあえずその場を預かり、子どもたちを下校させることにした。
ひとりになった私は女子トイレの和便器の横にしゃがみ込んで考えた。
さて、どうしたら取れるのだろう。 思い切って、水を流してみたらどうなのだろう?
水圧で亀の位置が少し変わり、手が入るようになるかもしれない
しかし、万が一、そのまま流れて行ってしまったら、子どもたちはどう思うだろう。
子どもたちの顔が脳裏をよぎった。
「どうして流しちゃったんですか!」
泣き叫ぶ子も出るかもしれない。
トラウマになって、夢をみる子も現れるかもしれない。
だめだ、その結末は見たくない。
便器を壊して救うことができるか?
しかし何をどう壊せば亀を救える?
壊してどうにかなるものでもあるまい。
隙間は全く無い様に見えるが…。
学校にある道具で何か使えないか?
箸?
定規?
例えば、平らな火鋏で挟んでUFOキャッチャーのように垂直に持ち上げるのはどうだろう?

可能性はあるかもしれない。
急いで火鋏を探してトイレに戻ってくる。
亀は微動だにせずに、そこにいる。というか、身動きできない。
火鋏の両端を差し込んでみる。
甲羅の上の部分をかするだけで力が入らない。
亀の胴体の下までは火鋏も入らない。
滑るし、つかむことができない。
だめだ、上から火鋏を差し込んでつかむのは無理だ。
そこで、はたと思いついた。
火鋏を両端に差し込むのは無理でも、片方だけなら入るのではないか?
U字型の火鋏を両手にもち、広げて真っ直ぐに伸ばしてみる。
火鋏の片方を亀の脇腹へゆっくりと差し込んでみる。
両脇には入らなかったが、片方なら微かに隙間ができて脇に滑り込ませることができた。
さぁ、どうする。片方では持ち上げられない。
試しにテコの原理で亀を少し斜めに持ち上げてみる。
動いた!
少しずつ、少しずつ、亀の甲羅が割れないように片側を持ち上げてみる。
よし、可能性が出てきた。
斜め45度まで動いたところで、便器に手を突っ込み亀をつかみ出した。
やった!救出成功。
トイレの洗面台で亀を洗う。
亀は無事だ。
私は誰もいないクラスへ戻り、飼っている水槽に亀を入れた。
今度は脱走しないように、上に蓋をしっかりかぶせ、重石の代わりにそばにあった辞典を載せた。
これで脱走はできまい。
その日の業務はそれで終わった。
翌日。
噂は瞬く間に広がり、亀を飼っていたクラスだけではなく、全校児童が亀の救出を知ることになる。
廊下を歩いていても、校庭を掃除していても、代わる代わる子ど もたちがやって来て
「亀を助けてくれてありがとうございます!」
「亀を救ってくれてありがとうございます!」
「亀を救ったのは用務さんですか?」
「亀を助けたって本当ですか?」
「ありがとうございます!」
次から次へと声をかけてくれる。
「私は浦島太郎か…」
残念ながら、亀は竜宮城には案内してくれなかったけれど、私はその日、学校中の子どもたちが目をキラキラ輝かせて見る唯一無二の「ヒーロー」になった。
そう、私は「用務レンジャー」
クラスの亀を救った男。子どもたちのヒーローだ。
そして今日も子どもたちのために仕事に励むのだ。
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